爆笑問題のニッポンの教養。
2009.07.07.O.A.
『FILE 078:やっぱり、みんな有罪ですか?』を見ました。
後藤昭 先生。刑事訴訟法。一橋大学大学院教授。
以下、番組メモ。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
先ず、後藤先生から、先生の研究室の中から、一番古い本はどれでしょう?と。で、
先生が答えの本、明治13年(1880年)の、今で言う 刑事訴訟法の本を取り出す。明治憲法より前だという。
(画面下に註釈:“大日本帝国憲法(明治憲法)の発布は明治22年(1889年)です。”)
後藤先生より、裁判員制度…やりたいですか?と聞かれ、太田氏は やりたいです。田中氏は やりたくない。と。
田中:「先ず、めんどくせぇな。裁判員の通知が来たとして―…、仕事休まなきゃいけない。大変だろう。その事件知らねぇし。
実際 行って、イチから説明を受けて、こういう訴えがあって………。
TV見ながら『コイツ死刑でいいわ』って感覚じゃダメだろうな…とか。」
田中:「一庶民として、人の生死を自分で決めたくない。もっと無責任な立場でいたい っていうのは多いでしょうね。きっとね。」
太田:「大半の日本人 裁判員制度に関しての態度ってのは 要するに 自分と関係ないことに、 まず 見たくないし、参加したくないし、考えたくない。なるべくなら関わり合いたくない。
だからいつまで経ったって 憲法改正にしたって 国のものすごく重要な問題にしたって、口に出して言うことは面倒だから 誰も言わない っていうことが殆どなんです。」
後藤:「そこはすごく重要なポイントだと思うんです。自分に関係あることだと思えるかどうか。」
たとえば、刑法にしても、それを決める議員さんにしても。その議員を選んだのは『私たち』で―。
後藤:「この人に死刑を執行するということについて みんな責任を持っている っていう。」
田中:「ものすごい間接的には ね」
後藤:「裁判員裁判っていうのは そういう 他人の人生のすごく重大な場面に立ち会って、どう解決したらいいのかっていうことを一緒に考えるっていうことだと思うんですね。」
後藤:「裁判員は有罪か無罪か判断と…―。それから有罪だったら 刑をどうするか考える。
有罪か無罪か というのは 主として事実の問題ですよね。この人は本当に犯人かどうかっていう。あるいは殺意があったかとか 無かったかとか。」
後藤:「検察官と弁護人のどっちのストーリーが本当らしいかじゃなくて 検察官が言っていることが 本当に疑いがないほどね 十分に証明されているかどうかを判断するんですよね。」
後藤:「どっちかといえば犯人らしくても、やっぱり疑問が残れば やっぱり無罪にしなきゃいけない。
これが無罪推定っていう考え方ですね。」
太田氏はプロと素人との差で、疑わしくても刑は処するんじゃないかと。しかし 後藤先生は、実際は逆で 素人の方が無罪にしやすい と。
後藤:「裁判官っていうのは いろいろ事件を経験していますよね。だからね 事件ていうものを、パターン化して考えるんだと思う。」
太田:「我々が思ってるほど 証拠がそろってなくて有罪になってる ってことですか、逆に。」
後藤:「かもしれないですね。それは難しいですね。
統計を取ると、99.9%が有罪になっているわけです。起訴された人の。だから1000人に一人くらいしか無罪になっていなかったわけです。」
太田:「法律と自分たちとの生活が乖離している感覚というのが すごく起こりがちだけど、裁判員制度というのが始まって 少なくとも一般の目がそこに入ってる ってことになれば それはもうちょっとかいしょうされる というか――…。」
後藤:「法律っていうものが自分たちのルールだってみんなが思っているかどうか っていうことですね。 私、日本ではね あまりなかったんじゃないかって。
法律と自分たちの仲間内のルールが違うんだと…、仲間内で解決すべきときに法律というところに訴えるのは仲間内のルールに反するんだっていう。
法律と自分たちの生活を分けて考えているっていう 二重構造があると思いますね。それが一番問題ですね。」
太田:「それは問題かな?」
後藤:「だと思うの 僕は。
だって法律っていうのは自分たちのためのルールなんだから。」
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先ず、田中氏の意見が多分、ホントに大多数だと思います。
なにかよくわかんない。めんどくさい。
私自身、なんかめんどくさい、と思ってますが。
ただ、一生に一度ということ。後藤先生のように丁寧に話をされたら、とか…それで本当に人の人生のためになれば…とか。
あとは、裁判員裁判自体見直す可能性もあるみたいだし。
あとは法律自体の関心について、太田氏が色々突っ込んでましたけど、実際、なんだかよくわからないうちに法律が決まってしまってる、ってのは感じるんですよね。
自分たちで選んだ議員なんだから…って言われても…ねぇ。
裁判員どうこうについて、もですけど、『個人と法律との在り方』について考える回でもあったのかと。
2009.07.07.O.A.
『FILE 078:やっぱり、みんな有罪ですか?』を見ました。
後藤昭 先生。刑事訴訟法。一橋大学大学院教授。
以下、番組メモ。
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先ず、後藤先生から、先生の研究室の中から、一番古い本はどれでしょう?と。で、
先生が答えの本、明治13年(1880年)の、今で言う 刑事訴訟法の本を取り出す。明治憲法より前だという。
(画面下に註釈:“大日本帝国憲法(明治憲法)の発布は明治22年(1889年)です。”)
後藤先生より、裁判員制度…やりたいですか?と聞かれ、太田氏は やりたいです。田中氏は やりたくない。と。
田中:「先ず、めんどくせぇな。裁判員の通知が来たとして―…、仕事休まなきゃいけない。大変だろう。その事件知らねぇし。
実際 行って、イチから説明を受けて、こういう訴えがあって………。
TV見ながら『コイツ死刑でいいわ』って感覚じゃダメだろうな…とか。」
田中:「一庶民として、人の生死を自分で決めたくない。もっと無責任な立場でいたい っていうのは多いでしょうね。きっとね。」
太田:「大半の日本人 裁判員制度に関しての態度ってのは 要するに 自分と関係ないことに、 まず 見たくないし、参加したくないし、考えたくない。なるべくなら関わり合いたくない。
だからいつまで経ったって 憲法改正にしたって 国のものすごく重要な問題にしたって、口に出して言うことは面倒だから 誰も言わない っていうことが殆どなんです。」
後藤:「そこはすごく重要なポイントだと思うんです。自分に関係あることだと思えるかどうか。」
たとえば、刑法にしても、それを決める議員さんにしても。その議員を選んだのは『私たち』で―。
後藤:「この人に死刑を執行するということについて みんな責任を持っている っていう。」
田中:「ものすごい間接的には ね」
後藤:「裁判員裁判っていうのは そういう 他人の人生のすごく重大な場面に立ち会って、どう解決したらいいのかっていうことを一緒に考えるっていうことだと思うんですね。」
後藤:「裁判員は有罪か無罪か判断と…―。それから有罪だったら 刑をどうするか考える。
有罪か無罪か というのは 主として事実の問題ですよね。この人は本当に犯人かどうかっていう。あるいは殺意があったかとか 無かったかとか。」
後藤:「検察官と弁護人のどっちのストーリーが本当らしいかじゃなくて 検察官が言っていることが 本当に疑いがないほどね 十分に証明されているかどうかを判断するんですよね。」
後藤:「どっちかといえば犯人らしくても、やっぱり疑問が残れば やっぱり無罪にしなきゃいけない。
これが無罪推定っていう考え方ですね。」
太田氏はプロと素人との差で、疑わしくても刑は処するんじゃないかと。しかし 後藤先生は、実際は逆で 素人の方が無罪にしやすい と。
後藤:「裁判官っていうのは いろいろ事件を経験していますよね。だからね 事件ていうものを、パターン化して考えるんだと思う。」
太田:「我々が思ってるほど 証拠がそろってなくて有罪になってる ってことですか、逆に。」
後藤:「かもしれないですね。それは難しいですね。
統計を取ると、99.9%が有罪になっているわけです。起訴された人の。だから1000人に一人くらいしか無罪になっていなかったわけです。」
太田:「法律と自分たちとの生活が乖離している感覚というのが すごく起こりがちだけど、裁判員制度というのが始まって 少なくとも一般の目がそこに入ってる ってことになれば それはもうちょっとかいしょうされる というか――…。」
後藤:「法律っていうものが自分たちのルールだってみんなが思っているかどうか っていうことですね。 私、日本ではね あまりなかったんじゃないかって。
法律と自分たちの仲間内のルールが違うんだと…、仲間内で解決すべきときに法律というところに訴えるのは仲間内のルールに反するんだっていう。
法律と自分たちの生活を分けて考えているっていう 二重構造があると思いますね。それが一番問題ですね。」
太田:「それは問題かな?」
後藤:「だと思うの 僕は。
だって法律っていうのは自分たちのためのルールなんだから。」
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先ず、田中氏の意見が多分、ホントに大多数だと思います。
なにかよくわかんない。めんどくさい。
私自身、なんかめんどくさい、と思ってますが。
ただ、一生に一度ということ。後藤先生のように丁寧に話をされたら、とか…それで本当に人の人生のためになれば…とか。
あとは、裁判員裁判自体見直す可能性もあるみたいだし。
あとは法律自体の関心について、太田氏が色々突っ込んでましたけど、実際、なんだかよくわからないうちに法律が決まってしまってる、ってのは感じるんですよね。
自分たちで選んだ議員なんだから…って言われても…ねぇ。
裁判員どうこうについて、もですけど、『個人と法律との在り方』について考える回でもあったのかと。
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