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若林正恭 著、『社会人大学人見知り学部 卒業見込』を読みました。

発売して3日後くらいに三省堂書店に行ったら本書のポスターは貼ってあるのに本自体が売り切れで無いという事態に遭遇。
数日して再入荷したものを買いました。三刷。

私的にはオードリーが好きかどうかというと普通だったんですけど、なんとなくウィキペディアでオードリーの項を、春日・若林 両氏の項を読んでその性格の違い・補完関係が面白いな と思いまして。

2013 07 05 社会人大学人見知り学部 卒業見込



で、この帯の文ですよ。
これは惹かれますよ。


そんな内容、私ゃーもうすごい共感しましたよ。
お金があると…仕事が舞い込むことによって貧乏生活の“不幸”な状態から脱せると思ったらそうでもなかった …ってコトとかね。
『高級料理=幸福』とか、
『夢日記』の項にあった、“「デキル」ことと「幸福」や「魅力」はそれぞれまた別の話だ”(P.53)とか。

春日を比較として取り上げた回も。



そうなんですよねぇ。
でもそれはジェットコースターみたいなものでなく。もがいて書いた原稿のあとにマンゴーラッシーを飲んだ とか、そんな瞬間の幸せじゃなくて、標準装填としての幸福感の欠落があるんですよね。
や、私にね。
だから“男の恋愛に必要なものは?”と“春日”の項であったように、若林と同じくして『自信が無い』んですよ。私もね。
(再三、私はそんなコトをこのブログで書いてますけど。)


ただ若林氏と違う点が私にある。それは『嫌われることを厭わないこと』だと思う。
『社会人のルールとマナー』の項を始めとして、言葉を選ばないあまりに周りから顰蹙をかう っていうエピソードがちょいちょい見かけられたんですけど、そこで若林さんは(たぶん)天然で言葉が足らないことを言ってしまって、周りの大人から「もうちょっと言葉選ぼっか^^」と言われる。

私の場合、あまりに空気を読んで疲れてしまうほどなのだ。

言葉を選んで配慮して、そうしてどんどん窮屈になってるのよ。私が。

そうやって不器用に生きてるサマが正直言って羨ましくもあるんですよ。だから若林は「かわいい~」とか言われるんですよ。(←なにこの憤り)

イベントごとに積極的に参加してみる ってのがあったけど、私も基本イヤなほうでスレてしまうんですよねぇ。ただ仕方なく誘われれば参加するけど、その場は楽しいのも確かにあるけど“空気を読む”ほうを優先して表面上は楽しんでも内心がすっごい空虚だったりね。

若林氏とのこの違いが私にあって、器用に振る舞ってしまえることの心の不器用さ が私にあってこの苦しさをどう解消すればいいのかは見えなくて嫉妬を覚えるほどでした。

解消手段としては『ボケ側にまわる』ってのが一つあるのかな。うーん…。



巻末あとがき“卒業論文”が秀逸でした。
私がそうして現実のルール守って、空気を読んで、言葉を選んできたからこそ、“それを壊す人に憧れる”という若林さんの気持ちには共感。(爆笑問題の太田さんが私は好きです。)

ただ私ゃ“ルールと風習に参加すること”を無理矢理してきたけど、別に楽しくは無かったんだ。
社会には参加出来てると私は自負してるし、社交性もあるように外からは見えるだろうけど、全然友達もいないしこういう文章書くくらい悩んでんですよ。

けどそれは“卒業論文”の文中で表わすなら、私ゃきっと『結果』を優先してきたあまりに『過程』を空虚なものにしてしまってたんだと思う。
しかも私にはなんの『結果』も無い。“好転した結果”など一切無い。

だから結果の値の一喜一憂の変動が誰よりも激しい。それだけが指標だったから。


本はとても面白いです。所謂“青春をこじらせた人”には適正かと思います。
しかしながら若林氏のようにはいかない私。ほんとうに『素直』になれてない私の窮屈さも再認識させられたな。と。
ツッコミする側にはまわりたがるけど、ツッコまれるほうは…嫌われても構わない ってことにどうしたら慣れていけるものか。

社会人大学人見知り学部 卒業見込 (ダ・ヴィンチブックス)社会人大学人見知り学部 卒業見込 (ダ・ヴィンチブックス)
(2013/05/17)
若林正恭

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[2013/07/05 00:15] | 書籍・雑誌
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岡田斗司夫 著、『超情報化社会におけるサバイバル術 「いいひと」戦略』を読みました。

Googleやfacebookの採用基準、
実は「いいひと」です。

「いいひと戦略」とは、21世紀の超情報社会において個人が生き延びる最適戦略です。
ネット時代である現代のリスク管理です。
いいひとだよ、という評判こそ個人戦略上、最も手堅く強い効果を発揮します。

では「いいひと」になるには、どうしたらいいのでしょう?

本書を読み終わるころには、
きっとあなたも「いいひと」戦略の有利さに気づいて、
誰彼かまわず教えてあげたくなっているはずです。
だって、それが「長期的にみたら、あなたの利益を最大化する方法」なんだから、
では、冒険をはじめましょう! (amazon内容紹介 及び、帯紹介文)


2013 03 08 「いいひと」戦略


本屋にてジャケ買い。いや タイトル買い、かな。

自分自身が『いいひと』であると自覚しているつもりの私なので、(あくまで“つもり”) 今回本書を手に取った理由は『いいひと』でやっていけるのか、果たして? …という思いがあるのです。

本書冒頭にもある通り、『いいひとは損をする』という固定観念がありますし。
この本は書店で自己啓発系のコーナーに並んでたんですけど、本書の横には『成功者になりたければ いいひとをやめろ』的なタイトルの本もあったワケですけど。(笑)

で、今回のこれは『本質的にその当人が“いいひと”でなかったとしても、戦略的に“いいひと”という言動を選択し、行使しよう』というようなもので。
これは言ってしまえば、“うわべ”のことで。

私事ですけど、ある別の仕事やってたときに、そのときの上司?に相当する人が、ドヤ話として、年上(結構年配
)の人から契約を取った っていう話を聞いたんですね。で、契約を結ぶ日にちょっと遅刻をしたんだそうです、その上司が。そのときに誠意を見せる手段として土下座をしたそうなんですね。
…っていう話をドヤァみたいな話でされた記憶がすごく残ってまして……なんだろうなぁ、、、行動としては素晴らしいことなんでしょうけど…実際できるかといったら難しいことをなされたと思うんですよ。けどなんかこう「ちょろいもんだ」みたいな、ね。狙いがね。
私ゃ人の行動は見た目だけの表面上で見える行動だけじゃなくて、動機込みでその人がどう行動しているかを察するようになってしまったんですね。

戦略的に魅せる、っていう 別にその人自身が自己プロデュースして、下心のような感情を覆ってしまって出さないようにすればいいような。
まぁ、ここで何が問題かっていうと、一つに 私とその上司の関係が別段深い関係になかったから、っていうコトもそうだし、そういう戦略を易々と喋ってしまったコトが問題だとも思うんですけどね。

どうせなら『いいひと』であることを騙しきってほしい。とも思うもので。

あぁ、でもなんだろうな、同じようなシチュエーションで言うと、付き合ってるうちの彼氏彼女の関係のときは健全に互いを想いやっていたのに、結婚したら相手が豹変した みたいな話にも似てしまうのかな。
まぁこれもイヤな部分を小出しにしていけば良かった っていうコトになるのかな。

P.98から書かれてあるような“『いいひと』は損をする”っていう項があるんですけど、まさに ですよね。
仕事の押し付けになって疲弊するような。
逃れるアピールとして、『いいひと』を外に発信することが重要になってくるようで、イヤな人を含む小さな職場の枠組みに閉じこもることなく外に出て行くべき っていうコトなんでしょうね。
でもそれも、外にいる人に気付いてもらえないといけないから、色んな人とコミット・コミュニケーションを重ねていくことが必須になるでしょうね。これがなかなか大変かと思いますが。

まーなにしろ私が『いいひと』アピールする人がウザいと思ってるのもあるんですけどね。
それは仕事の上司とかが やってもいない仕事を俺がやった と言うような姿をよく見てるから、っていうのがあるんですよね。
表面上の善意だとか、表面上のポジティブさとかは微妙なんですよ。
だからといって、愚痴ばかり言ったり、なにも善意を示さない人がいいというワケでは当然ありません。

私自身、あまり愚痴は聞きたくないし、言いたくも無いんです。
もっと楽しいことを、ワクワクすることがたくさんあるので、それを色んなジャンルの人と共有することが出来ればいいと そりゃあ思ってますよ。

P.116から反面教師例として『イヤな人戦略』が順に載ってますけどこれは共感です。
ただ私もケースEの『悲観的・否定的になる』っていうのはよくあるので、これはよくないなー、って思います。
そこに一例として載っていた、内田樹さんの『呪いの時代』(この場合の“呪い”は否定的・悲観的になること)からの引用は良い文だな って。参考になりますが。

呪いを解除する方法は祝福しかありません。自分の弱さや愚かさや邪悪さを含めて、自分を受け入れ、自分を抱きしめ、自分を愛すること。多くの人が誤解していることですが、僕たちの時代にこれほど利己的で攻撃的なふるまい人が増えたのは、人々が「自分をあまりに愛している」からではありません。逆です。自分を愛するということがどういうことかを忘れてしまったせいです。

(『呪いの時代』P.36-37 からの引用を 本書P.137にて)


これには共感で、私はこの時代を『自己愛の欠如』かと思っていたんですけど、どうにもそうじゃないみたいで。
『自分をあまりに愛しすぎているがために攻撃的になり、保守的になりすぎてる』んじゃないかと思うのです。

自分の弱さを出すのをおそれるあまりに攻撃的になってしまう っていう。けどそれを指摘するのは『イヤなひと戦略』のBの“改善点を見つけて提案する”になってしまうんですけどね。(私も「あなたのため」って言葉が好きじゃないと過去書きましたけど。)
弱さや愚かさやを素直に自己認識し、皮肉的ではなく・攻撃的にならず、自分の弱さを出す っていうことが素直になることであり、結果“いいひと”に繋がるんじゃないでしょうか。
この部分が、ホリエモンを例にした、キャラクターの前提を掴めた上での、下ネタ発言が許容されることに繋がるとか、そういうコトなんだと思いますけどね。

まぁ、勝間さんを例に挙げた、キャラクター上場したことによる攻撃的な意見を受けるリスク、っていうのもあるので、それはメンタルの強さが要るんでしょうけど。
そういえば東浩紀さんが自身がネット上で叩かれたりすることについてとかも、うまく防衛策を取ったり、わざと聞かないようにしている とかあったような気がしますね。(この前の朝生の最中での番組本番中のあずまんのツイートにあったような)




なんだか批判的な感想も書いてますけど、大部分は共感なんですよ。本書の内容。
技術的なことが優先で人格は度外視でもいい、っていうのは私も個人的に好きじゃないからこそ、なんですけどね。
人柄がいい人はそれだけで幸せになってくれないと困るんです。負い目を背負うだけじゃあイヤなんです。それは私がじゃなく、私が見てきた人柄のいい人たちが。


評価経済社会 っていうことでの最後、第6章での実例によることですが、
私がスピリチュアル関係の本を読んできた中にあったのですが、どこかで「お金の時代が終わる」的なことが書かれてあったと思うんです。(バシャールだったかなぁ。。。)それが2012年でね。
奇しくもこの本で書かれてる内容込みで丁度いいタイミングの内容だな って思いますよ。(笑)

達磨さんの例にあった、色んな仕事をちょいちょいやって月30万とかも、たしか私なんか そんなような本読んだと思うんですよ。
1個の仕事で月収いくらかじゃなくて、色んな仕事を色々やって含めての月収が っていうのが。
それはこの終身雇用があやしくなってきたこの時代にとってもマッチしていることだと思うし、生き方としても息苦しくないと思うからそれはすっごく理想なんです。

あと、phaさんの例もね。
いつぞやかから、phaさんについてはブログやツイッターでその行動を拝見させて頂くようになったんですけど、なんだか羨ましいと思いますからね。働いてなくても生活できてて、色んなとこに…海外や北海道に行ったり。
で、キャラクター上場してるから 一見ネガティブな言葉である「だるい」って言葉もbotのように定期的に呟いても、phaさんのキャラとして分かってもらえてたりとかね。

(ちょっと逸れた話になるかもですけど、乙武さんがツイッター上で羨ましがられてる話も見ましたけどね。それは五体不満足であるにも関わらず、その生き方が楽しそう っていうキャラクターや人格の部分での嫉妬があったりね。…っていうコトは結局 愛情や人となりやがどこか大切なのが。)
(障害者だったらなんでも気を遣うべき みたいなコト(ニュースあったよね?)に対しての、乙武さんの「障害者全てが人格者ではない」っていう発言もありましたし。)




お金が主導で色々面白いことするのにも、役所や書類を通さなくてはいけなくて、そういう無駄な中抜きがあることもなにかで読んだので知ってたけど、これから本書で書かれてあるように、本質的に人の役に立つことにそれぞれが果たしていくことになればいいと思うんですよねぇ。

戦略 っていうとどうしても私が上記で書いてきたように懐疑的になってしまうんだけど、一つまた別の話を。
『東京家族』のパンフレットを読んで、吉行和子さんのインタビュー部分で…吉行さんはどう見ても「いいお母さん」っていうイメージがあるんだけど、インタビューによると「あまり子どもは好きではない」という。

けど、吉行さんにはいい母親としての役柄の仕事が入ることでしょうし。(橋爪さんとの夫婦共演も映画で3回目とかありましたけど) イメージが仕事を結びつけることが現実的にあることでしょう。
けど逆に、パブリックに『子ども好きじゃない』イメージが広がってしまったらそうはいかないでしょうし。

それは本質を隠すのではなく。
芝居する、演じるという意味でも、人間に深みのあること。蒼井優さんが吉行さんのことを「目の奥に深みを感じた」とインタビューでありましたけど、
(まぁ、時代もあるんでしょうけどね。今は誰もがメイン以外の場所での表現・アウトプットをしているワケですから。)


内田樹さんのいう、悪も弱さも全て認識・自覚した上での自分の表出の仕方、それが『いいひと』として 仕事を、人を繋いでいくことにもなるのではないでしょうか。
(長くなりすぎたな…)

超情報化社会におけるサバイバル術   「いいひと」戦略超情報化社会におけるサバイバル術 「いいひと」戦略
(2012/12/20)
岡田 斗司夫

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[2013/03/08 00:43] | 書籍・雑誌
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前田隆弘 著、『何歳まで生きますか?』を読みました。

気になるあのひとに死生観を聞いてきました。

30代から40代の、今、活躍するクリエイターたちはどのような死生観を持っているのか?
「何歳まで生きますか?」と、問うことで見えてくる生き方、作家性、人生観。

「死にたくない、って言いづらい世の中になってますよね」久保ミツロウ
「死は全く無意味で、スイッチがパチっと切られるようなもの」東浩紀
「他人って結局、取り替え可能だと思うんです」pha

気鋭のライターがアーティスト、作家、漫画家達の死生観に迫ります。

インタビューイー
二階堂和美・向井秀徳・雨宮まみ・pha・石井光太・真鍋昌平・入江悠・久保ミツロウ・東浩紀・金子平民・渋谷慶一郎


2013 01 03 何歳まで生きますか?


ウェブサイト『モダンファート』にて連載されたものに追加取材ぶんを加えての刊行。というコトで。


このブログでも過去エントリでちょろっと取り上げたことはありましたけど、追加インタビューイーのラインナップにミツロウ先生やあずまん(東浩紀)さんがいらっしゃるので購入。

30台から40台の方が大半で今を生きる人、っていうのがほかの死生観の書籍と異なるところなのですが、やはり個人的には以前にも書いた、雨宮まみさんやphaさんの言葉に共感は一番しやすいですね。
phaさんからさらに鈍化させた方向が金子平民さんかな っていう読んでての印象でした。

まえがきにも記してあり、帯にもあるのですが、
『なんだか「<人生のモデルコース>から外れることを異常に恐れて生きている」みたいな世の中の空気はたしかにある。』
っていうのが一つのポイントで。
それが『逃げればいい』っていうコトになるんですけどね。象徴的な言葉として金子平民さんの回にあった、
「生きていることは愛なんかよりずっと素敵なことだった」
っていう、その言葉に尽きてしまうんですよね。

ただ、読んでて思うのは、どうしても大半の人が…っていうか当然なんだけど、最前線で活動してらっしゃる方ばかりなので、『あなたにはそうして必要とされてるものがあるのだからいいじゃないか』という嫉妬まじりの感情も当然沸いて来てしまうんですよ。

雨宮まみさんのところにあった、
「世の中の役に立たないなら 主体的に楽しむしかない」
っていう言葉はそれはもう。って思う一方で、
ウシジマくん作者である真鍋先生は、
『コミュニケーション能力よりも その人が力をつけること』
とあって。
だから結局役に立たないなら意味が無いとも帰結できてしまうんですけどね。そら 各個人の価値観同士なんだから全てが合致するものでも無いんだけどね。

あぁ、うん、だから私基本一人でいるコトのほうが多いんだけどね。他人にどうせ何の利ももたらさないなら、一人でひっそりと何かしら勝手にやってるほうが気が楽 っていうのがあるのでね。

phaさんが言う
「他人って結局、取替え可能だと思うんです」
っていうのも共感で。…前も書いてるけど。
“都合の補完”でしかない って私は思ってるのでね。だから主体性を持って楽しむなり逃げるなりが重要なんでしょうけどね。

都合云々っていうのも、あずまんが言ってたラッキーっていうのもあって、娘さんが自分好みのいいコだっていうことや、健康に生まれてきた ってこと。
…じゃあ、もしそうじゃなかったら不運だった っていう話なんでしょうかね。と。


どうしてもね、『何歳まで生きますか?』っていう、ただ生きることを問うているんじゃあ無くてですね、向井秀徳さんじゃないけど、『健康年齢』についてが重要だと思うんですよ。
現在の活動がこの先年齢を重ねていっても出来るかどうか っていうコトがね。

よくミツロウ先生がツイッターで書かれてるのが、「私には漫画描くことしか無い」みたいなことを書かれてるんですけど、じゃあ腕切断くらったらどうなん?ともね。
ほかのインタビューイーさん同様に、今 生業としているベースの仕事をするということが物理的に困難になったらどうなん? っていう。
利益を生み出せなければ、利益を生み出す身体機能が維持できなくなったら 不全になったらどうなるんだろう?と。 
真鍋先生が言うような、強くなるための手段を失われてしまったら向こうからコミュニケーションとして寄ってくるような人もいなくなるワケで?
人間性が破綻していても、それがビジネスとして貢献できている事象があるから社会に関わることが出来る。コミットできる、コミュニケーション取ることができる っていうならね。

で、
こういうときに乙武さんのインタビューでもあれば良いなー って思うんだけど、あの人は先天的な障害だけど、非常に…異常に心の強い人で。(笑)
それこそ作家、スポーツ記者、学校の先生やバンドのボーカルとかやってるワケで、そのバイタリティというか活動の源泉みたいなもの、そういうのが如何に沸いてくるかと。
自分自身でその地脈を如何にして掘り当てるのか。

強くなるしかない っていうのは、その力で。
環境や運や先天的なスキルの是非を天秤にかけてしまったら、もはや適うハズなど到底無いもので。

減点方式で結局自分の生き方自体も閉口したものへなってしまいがちなものから、減点したことによってソリッドになった自分というものを如何に加点加えて肯定していくか っていう、その力が欲しいものだな と。
…そんなコトを思いました。
(なんか当初予定していた感想を書こうと思ってた内容とは違った方向に転がったな この文面…w)

……うん、でもそうか、あとがきにもあったと思うけど、『死』についてのインタビュー集だけど、翻って『生』について語られてる内容となった ってあったから結局そういうコトなんでしょうかね。


ところでミツロウ先生の「不老不死願望」はびっくりしたな。w
「気持ちを伝えても世界は変わらない」っていうところはすっごく共感するからこそ、生きたくないんですけどね。私。w
ま、でも自分で書いた上の言葉を使えば、その変わらない世界なんて放っておいて、そこと関わらないところに逃げて生きる っていうんもアリなのかもしれませんけどね。








同じ文脈で書きますけど、私がここんとこネガティブ発言してたり、「死にたい」「死にたい」言ってたり、Googleで『自殺 方法』って検索したりしてるのは、『言っても無駄』っていう世界にいつまでも抗ってたり、鬱積した感情や、“秘めていた切なる想い”みたいのを表出してもどうせ伝わらない っていうこれまでの実績…(苦笑)…体験があるから『人生失敗癖』というか『生きるの不遇癖』みたいのが滲み染みきってるワケですよ。
だから本書で学ぶとするならば、
そんな世界なんぞ こっちから願い下げだクソが!
として、逃げてみるのが最善なのかな。と思いました。

そんで安全圏から……それこそ雨宮まみさんや、ミツロウ先生みたいに、順風満帆な青春を謳歌してる人にあまり怒られない程度に嫉妬や毒を吐くことを生きる原動力にしてみるのもアリかもね。とも。……ね。(苦笑)
(度を過ぎたり集団の中に紛れたりして身を隠す毒はちょっと解せないとも思ったりするものなので。w)

何歳まで生きますか?何歳まで生きますか?
(2012/12/21)
前田隆弘

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[2013/01/03 00:18] | 書籍・雑誌
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名越康文 著、 『40歳から若くなる! 名越式アンチエイジング』を読みました。

過去に刊行された、『オジサンって言うな!』を改題。加筆・修正されたものです。

少し前の吉田豪さんの本のエントリで、『40歳になったら鬱になる』論があったワケですけど、そこでの解決法のうち、“体を動かすこと”を解消するというか、“体を動かすことによって解消する”っていうのが大きいんじゃないでしょうか。

タイトルに『アンチエイジング』と含んでるのは、最近話題の南雲先生の本に倣ってるんでしょうか。

ただ、本文中の、たとえば脚について、名越さんは『太ももに力を入れる』(P.18)とありましたけど、意図が『血液を上部に上げるポンプの役割』(P.20)とありまして、これは南雲さんと同じ意図の理由なんですよね。ここで南雲さんは『貧乏ゆすり』を推奨してるんですけどね。
こういった意味では同じことを既に別の手法で名越さんは紹介されてたんですね。


以下、気になった・気に入った点について。

「日常生活に新鮮味を与える」っていうコトについて。(P.62)
人間は“慣れる”ものだ。とありましたけど。たしかに生活のリズムが決まってること自体は一つの健康法というか。知らず知らずに培って確立した価値観のようなものだけど、ただそれがずっと一定だとつまらないものですからね。ストレスをかけないための“習慣”がストレスになってしまってることがありますから。
ここでは“新しい道具”という意図的に異物を放り込むことを薦めてありましたね。


「不眠の原因は食べすぎ」(P.69)というコトについて。
「過食気味だとエネルギー過多になり、そのエネルギーを使い切ってないために眠りが浅くなる」と。へぇ。

たしか南雲さんの本では、食べたらすぐ寝る。とかあったような気がしますが、でも意図的にこれをしようとすると…っていうかそもそも南雲さんの夕飯少ないし……なんか体調悪くなるハズ。
結局、消費エネルギーに見合った食事を採るか、ってだけなんでしょうけどね。
(『食べたら眠くなる』について今なんとなくググってみたけど、イマイチよくわかりませんでしたね。脳へのエネルギーなのか、ホルモンなのか、副交感神経なのか。。。)

ただ、必要なエネルギーを与えて循環を促せば、自然と人間の生理的な現象に従った流れに乗る っていうコトじゃないでしょうか。


(P.79)……あぁ…。
『無』から作れるときもありますけど、大変ですからね。
『真似るは学ぶ』とはよく言ったものですよ。えぇ。(遠い目)w



動物にたとえてみると自分自身がよくわかる。(P.82)
これは面白いですね。動物のイメージを性格に当てはめる。っていうのは。
こういうのどうしても見た目で動物に当てはめがちになってしまうんですけどね。
そういった意味では動物のイメージから想像する性格、って結構掴みやすいのかもしれませんね。とすれば、昔あった『動物占い』って結構うまいこと出来てたんでしょうかね。(笑)


あだ名で人の心をつかむことができる。(P.90)
これは自分のために嬉しいです。だからなるべく親しい人には馴れ馴れしく呼びます。(笑)
私の今の職場でも、親しい人は私をあだ名で呼びます。それが嬉しいです。
なんつーの、肯定的な?愛情を持って? …そういうのが込められてるからなのか。あだ名は嬉しいですね。
その場での愛嬌を伴った“キャラになれる”っていうのもあったりで。

……ただ、ムカつく上司に変なあだ名つけたり っていうのもあるので、それはまぁ……、まぁねぇ。。。



(P.98)の電車について、
これ読むとグリーン車にちょっと憧れますね! これは1回は使ってみたい!
寝台特急のことも触れられてましたけど、別に私テツヲタじゃないんですけど、電車移動は好きなので。
寝台車とかは某・ローカル強制旅番組とかで見てると楽しそうなので乗ってみたいのと、景色見たい、ってのはありますね。


大きなものを見たら「スゲェー」と声を出して。(P.120)
これは内容自体はその大きな建物とかから俯瞰の目線になることを重要だと書かれてるんですけど、私は逆に自分のちっぽけさを感じてしまって尚更ダメになる場合もあるのでね……。

同じ意味で、『家族のルーツを辿る』(P.138)も、個人的にはダメですね。
自分の矮小さと比較してしまって、逆になんで自分はダメなんだ。。。って思ってしまうので。

ここで良かったと思ったのは、単に“「スゲェー!」と声を出すこと”自体について。
感嘆表現を抱え込まないことが重要だろうな、って思ったので。
常に抑圧された環境じゃないですか。仕事なんて。感情をオモテに出すべきでは無い。…ような。
だから感動したときはしっかり感動して、感情と表現を正しく繋ぐ、そこが大切なんじゃないか と勝手に思いました。


『記憶は言わば、過去を正当化するために 簡単に捏造される代物なのです。』(P.154)
主題とは異なる部分だったんだけど、これが記憶の都合の良さを表してるな。と。

過去の当ブログの拙稿カテゴリあたりで書いたかもしれないけど、マイナス要素すらも今の自分を肯定するための材料にしてしまってる。と書いたと思いますけど。
その記憶の “都合の良さ”“いいトコ取り”のいい加減さ。
だからこそ、意図的に過去の記憶に触れる・過去の記憶が呼び起こされるものに触れる…っていうのは、なにかしら再発見するなどの効果があるのかもしれませんね。




……という感じでした。気になったのは。
全体的にいつもの語り口とは違って読みやすかったですね。
(たいがいこういうものって、若い女性とかが読む傾向が多いと思いますけど、男性…ましてやオジサン世代は読みませんからね。自殺者数とカウンセリングなど対策機関を受ける男女比が異なりますから。)
オジサン向け?だからなのか、優しい文体の印象でした。


上に書いた『過去の記憶に触れる』っていうコトと、『悩みは頭の中で処理せず外に出して眺める』(P.100)っていうのは、本書にも記してありましたけど、認知療法の一つですからね。



で、
“文庫化にあたって”というあとがきがあったのですが、そのあとがきが良いですね。
“心”の移り変わりの激しさ。そのいーかげんさが。これが根っこであり、名越さんの近著に見られるものですよね。
心身相関って言いますからね。
心が固着化してることに気付いたら、とにかく体を動かす・違う環境に身を置く。っていう、これが大事ですよね。

40歳から若くなる!  名越式アンチエイジング (PHP文庫)40歳から若くなる! 名越式アンチエイジング (PHP文庫)
(2012/08/03)
名越 康文

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[2012/09/06 00:16] | 書籍・雑誌
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吉田豪 著、『サブカル・スーパースター鬱伝』をだいたい読んだ。
(なので雑感。)

2012 09 03 サブカル鬱伝 2


という上記の私の感想ツイートを吉田豪さん自身が公式RTされててビックリと同時に嬉しかったものです。

本書は冒頭のリリーさんで既に達観しちゃってるんですよねぇ。
『鬱は大人のたしなみ』だなんて言われちゃったらもう、ねぇ。


こういう本に解決策を求めるのは違うんでしょうけど、『あの人も鬱なんだ』っていう同じ地獄にいる(いた)コトによる共有意識は持てるんじゃないでしょうか。(投げ気味に)

解決に関しては豪さんが本文中でよく仰ってた「運動しないこと」についてが問題なんじゃないか ってコトと。
あとは熱中できるものがあれば大丈夫っていう。(特にJさんによるものが非常~に分かりやすい。(笑))


なんていうか因果な商売…というか立ち位置が難解な仕事というか…。
マイナーだからこそそのテリトリーは保たれているのに、あまりに強い日が射してきてもツラいし。(リリーさんとか)
だからといって日が射してこないとカネは無いし。
売れても売れなくても困る。


オーケンさんの章がその斜陽っぷりが際立つのかな。
あいつもこいつも死んでた。みたいな。じゃあ、なんでおれ生きてんの? っていう。


読んでて一番重いのは菊池成孔さんの章。
「ははは。こんな世界もあるのか。」
と、鬱 っていう世界が自分とは乖離した別の世界だと思ってたのに、っていうね。
どこかで見たけどそういう、『鬱だなんて弱い人がなるものだ』みたいな蔑視してる人がなるケースもヤバい みたいなね。
自分の中にある可能性みたいなものに気にしすぎてもよくないし、全く無視もできないし。みたいな。

菊池さんの章でのその発症経緯がすごかった…。
治療法に関して、本文から察するに相当いいお医者さんにあたったんでしょうね。
カウンセリングなのか、コーチングなのか、(ヒプノ?)セラピーなのか。そういうのをきっと受けられたんでしょうかね。

(私自身がこのブログで過去や価値観の洗い出しをしてるのもあるので、ちょっと共感。)



あと、鬱の治療に薬を使うことについては否定的でそれは良かったかと。



っていうか、みうらじゅんさんに関しては あの人たぶん鬱じゃねぇーですよ。w
(※個人の感想です。)
そうやって飄々としつつも周りからの期待を察するんですから。

後半に話題に出てた糸井さんのことについてもだけど、どうしてこう『うまい』んでしょうかね。
身の振り方、っていうか。
このへんのことをbirdと再婚したこととか、樋口可南子をヨメに持つこととか、町山さんの発言に繋げてまとめてしまうのは横暴感が否めませんが。w



鬱の原因になる要因としてカネと女以外ではやはりプライベートの問題。
家族っていうか、年齢的に親の病気とかそういうのが。
(これも菊池さんの章が分かりやすくてツラい。)

先日読んだ、サイバラさんの本にも 鴨ちゃんさんが亡くなったときにはしばらく仕事できなかった ってありましたからね。


巻末は総括として香山リカさんとの対談。
某・掲示板とかではよく叩かれたりしてますけど、私、香山リカさんの懐の広さはすごいと思ってますよ。
異業種対談されたり、日経だかダイヤモンドだかのwebでコラム書かれてたりとか。
弱者の視点と視野を広げることによる救済に関してはフラットな位置づけで柔軟な対応を常に提示されてると思いますよ。

そこで指摘されてるように、今回の対談相手、香山リカさん以外すべて男性なので、もし次回があるなら全て女性でやってほしいですね。
で、巻末に男性の精神科医とかで。(笑)
(名越康文さんか、斉藤環さんあたりが適切かしら。)


解決法で、リリーさんが言っちゃってるのがもうそのもので、『たしなみ』っていう。
こんな世の中で狂わないほうがおかしいくらいな。ね。

私自身、誰かに言わせればもしかしたら鬱なのかもしれないけど…この世の掃き溜めみたいなところで働いてると過去エントリで比喩しましたけど、そこで色んな人見てると、
『明らかにコイツおかしいだろう』『この人 ちょっと大変そうだろうな』
っていう人、結構いらっしゃいますからね。(苦笑)

この世がおかしい だなんて厨二病的に言えないのかもしれないけど、色んな人、個人個人がところどころオカシイので、オカシくならないワケが無いんです。(どーん!)
だからもぅ、それ自体がどこか可笑しいことなんですよ。

と、冷静な私は言ってみましたよ。と。w

ただ、菊池さんのみたいになってしまうと、どうしても対策は取らないといけないと思いますけど。
(菊池さんのメインの症状はパニック障害だったからかもしれませんが。)


あと、即物的な解決(?)として、セックスを薦めるの多いですね。
北方謙三さんの「ソープへ行け!」とかさ。w



っていうかね、これ、オーケンさんの『サブカルで食う』と対極にいるような感じですね。
……あの本がサブカルで食ってくための本(一応)なのに、そのサブカルの最前線にいるような人たちの苦しみの本ですからね。
続けてれば才能が突出してきて いいことがあるのかもしれないけど、家族の問題やお金の問題のリアルなところから…もしくは世間と称されるようなところからの攻撃とか。
それに対して繊細な心を持つ(と評されてた)サブカル住人が如何に立ち向かうのか。と。

……っていったらもぉ、立ち向かわないのが対策だよね。
と、なんか思った。


『成功することのうしろめたさ』みたいなこと(香山リカさんがそう評してたんだったかな)は、私がこのブログで“幸せへの不安”とか書いたことに似てるんかなぁ。
もともと嫉妬をどこか原動力にしてマイナー畑にいるような人だから、羨望を向けられたり、羨望を向けられるような立場になることへの無意識の恐れがあるのかもしれないね。




ところで、ダ・ヴィンチweb版でのヒャダインさんの本書の感想も見たんですけど、

2012 09 03 サブカル鬱伝 1


[外部リンク] : 『【第9回】なりそうな予感ビシバシだから、『サブカル・スーパースター鬱伝』を読んでみた』(ダ・ヴィンチ電子ナビ)

クリエイターは自分の身を切り出すって本にあったけど、そうなっちゃってるし、田中公平さんとヒャダインさんの対談も読んだけど、ヒャダインさんまだそこまでの域にはいけないから(年齢的な達観を得るには、って意味で)、仕事として吐き出すことと、ネガティブなものを吐き出すことと同時にやってしまったほうがいいと思うんだけどなぁ。。。





私個人のことで言うと、スピリチュアルや、哲学や心理学やらに色々求めてみたりもしてたり。(オーケンさんがバッドトリップ入ったときに、ヲタ気質発揮したコトに似てるのかもしれませんけど)  けど聖人にはなれないし仏教的なことで言うと怒りもなかなか手放せない。俗世に縛られっぱなしなので、こうして毎日ちょいちょい書いてるんですけどね。
こう吐き出すことでね。勿論、ブログに書けないことは、プライベート日記のノートに書いたりね。

Jさんじゃないけど、楽しそうな環境を傍目で見て、私がその場に入れなくてぼっちしてたりとかすると、ホント死にたくなりますよね。
境遇や環境を他人と比べるともぉ 死にたい死にたい。(笑)(←たまに本気で笑えません。)
(このブログの拙稿カテゴリや、駄文カテゴリでも読んでてください。たまに重いから。)

たまに普通にしてるとなんだか悲しくなったりするけど、それでも私は元気です。
(『魔女の宅急便』じゃありませんから!w)

…雑感にしては長いよ。。。

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[2012/09/03 00:09] | 書籍・雑誌
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