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2012.02.16.O.A. (2012.02.20.夜中 再放送)
爆問学問 FILE174:「天才心臓外科医の告白」を見ました。

・南淵明宏(なぶちあきひろ)[心臓外科] 1983年、奈良県立医科大学卒。医学博士。
2010年12月より東京ハートセンター・センター長に就任。

以下、番組内容を大体テキスト化。↓

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田中:「一体どれだけ執刀されてるんですか。」
南淵:「ぼくはだいたい年間300…。年間200を売りにしてるんですが、今年はサボってて180.」
田中:「2日に1回」

南淵:「あまり術者が難しい顔してたら、「大変なことになるんじゃないか」って思ったりしますよ。冗談なんか言ってると「あ~今日は問題なく手術終わるんだな」って思ったりする。そういう雰囲気 醸し出すために」
田中:「先生もこう、リラックスして」
南淵:「えぇ、冗談言うんですけど…おもしろいかどうか分からないですけど。全然無理やり笑ってくれたりしますよ。「はずしたな」なんて思いながら。」


本来、人工心臓を使うものの、心臓が動いたまま執刀をする。


南淵:「あまり重要じゃない血管を心臓に持ってきて、重要な命綱の血管にする。」
田中:「それをバイパス手術というわけですね」
南淵:「そうですね。新たにまったく作ったり、アメリカ製のを輸入って出来ないんです。要するに 人工的なものはダメなんです。細かい・細い血管。直径1mmとか2mmだから すぐ血が詰まっちゃう・固まっちゃう。やっぱり人間のもの(血管)を使わざるをえない。」

南淵:「心臓じゃないところで練習しても 現実とは違いますからね。いい意味での緊張とプレッシャー。うまくいかないとこの人死んじゃうわけだから。この日まで患者さん、不安もあって前の日とか不安で眠れないとかあるわけですから この手術に挑んでるわけですよね。やっぱり外科手術ってのは根本的にもうひどいことをするんよね。それを自覚したうえで『しっかり結果を出さなきゃいけないな』っていう。それはいつも思ってますよね。」

南淵:「さっき太田さん ミスっていったけど、思い通りにいかない(アクシデント)なんてしょっちゅうですよね。やっぱこう 患者さんによっては 内胸動脈がすごいもろかったり、つかんだだけでビリッと破れちゃったり あるいは冠動脈のほう…実際縫ってるとき割れちゃったりとか。そのときどんなワザでまたリカバリーショットを打てるか っていうのがまた大事かなと思いますね。」

南淵:「やっぱね、手術やってるときは 目の前の患者さんを助けなきゃってのはあるんだけど、ホント自分本位で申し訳ないんだけど、人殺しには絶対なりたくない。だから慈悲の心でね。「おれは助けてやるんだ!」っていうそういうことでは無いんですよ。いい意味でね分かってほしいんですよ。やっぱりこう運命共同体的な。」
田中:「すごくリアルな」
南淵:「そういうところではありますね。だからもうしっかりやらなきゃいけない。っていうのはあります。」

南淵:「やっぱね、医者って…どんな仕事もそうだけど、いい意味で臆病じゃないとダメですよ」
田中:「慎重であり大胆に」
南淵:「大胆であることは大前提…大胆に進む中すごい臆病で。」


手術に使う糸を見せてもらう。糸は直径0.05mm先端には縫いやすいように曲がった針が付いている。

4倍の拡大鏡を付けて、爆笑問題の2人が実際に縫うことを挑戦してみるも、なかなかうまくいかない。
田中:「遠近が難しい。」

南淵:「バイパス手術始まって、30年以上経ってますけど、やっぱ色々開発…開発っていうか研究されてるんです。 結局30年前と同じ方法 手で縫う。 接着剤とか色んなアイデアあるんですけど、結局 最終的にはこれが一番いい。」

人工心臓弁。

南淵:「これも30年以上デザインが変わってないんです。」

生体弁。

南淵:「牛の心膜。生体弁は薬がいらないんです。でもこれは20年くらいしかもたないんです。こっち(機械弁(人工心臓弁))はね、400年もつ。」

南淵:「患者さんにね、『30年これ使ってるんです』って言うと安心するんですよ。だって『昨日できたばかりの新製品であなたが第1号です』なんて言われると『ええ~!』って思うじゃないですか。 医療で『最先端』とかいうキャッチコピーの意味がよく分からない。」


南淵:「動いている心臓ってすごいと思うんですよ。だって1日10万回勝手に動いてるんですよ。僕が寝てる間もずっと動いてる。そういうの見てるとなんか…なんで僕らってこんなふうに生かしてもらってるんだろう。心臓って動いてくれてるんだろう ってね。 太田さんなんて心臓に感謝しなくてはいけないなんて…しないの?」
太田:「(苦笑)…普段あんま考えないですねぇ。生きてるのが当たり前だと思ってるからね。」
田中:「動いてることにいちいち気にしてたら気が気じゃないよね。逆にね。 おれ1回あってね、人間ドック受けて、軽い不整脈みたいのがあったらしいんですよ。別に再検査もする必要ないようなレベルで。ね、それが、“心室性期外収縮(心室から異常な調律が起こって 脈が不規則になること))”ってヤツ、が見られます って書いてあるんですよ。いきなりそれ見たら 重大な心臓病かと思っちゃうんですよ。 ドキドキした。 心臓って普段意識してないけどね、ひとたび意識するとね なんかこう…なんだろうこの動悸って。」

太田:「心臓ってまぁ、人間の基本だと思うんだけど、心臓が止まりゃあ死じゃないですか。まぁ脳は脳死っていうのがあるかもしれないけど。まぁでも一番のキモですよね。で、それを生かすってことをずっとやり続けるじゃないですか。哲学的なこととか考えたりするんですか? たとえば人間の生命っていうのを こうやって延命していくこと っていうのは どういう意味があるんだろう ってこととか。」
南淵:「や、それは考えますよね。」
太田:「考える。」
南淵:「やっぱり心臓の手術をするくらいの人って すごい重症だし、心臓の手術自体すごい大掛かりだし…さっき痛めつける って言ったけど そんな手術だし。 で まぁ、それで元気になりました あとどれくらい命延びるの ま、そりゃずっと天寿全うする人もいるけど、ダメだったりする人もいたりしてね。じゃその日本の平均寿命とか言うけど、じゃ平均寿命延ばすのに心臓外科医って貢献してるのかな。 日本の心臓外科医が1人もいなくなったら、日本の平均寿命って短くなるのかな、ひょっとしたら延びるのかな なんて。(笑)」
太田:「そうだよねぇ~わかんないもんねぇ~」
南淵:「それと心臓さっき見ていただいたように 動いてるじゃないですか これもう、生命の・命のバトン38億年続いてるってすごい奇跡ですよね。そこに対して何か、人工弁入れたり 冠動脈繋ぐ。これ『治してる』っていう感じじゃないと思うんですね。もっとこう軽微…ちっちゃいことです まぁなんか環境整えて、この心臓に もうちょっと『止まるのをもうちょっと先にして』そういうお願いしてる 機嫌をとっている っていうね、そういう感じはしますけどね。大それたことはやってるけど、根本的に全部治してるわけじゃないんで、なんかこう良かれと思って やらしてもらえるんですけど、ちょっと機嫌直して下さいよ。みたいな。そういうレベルのことではあるのかな と思うんです。 や、でもだからって心臓の手術でね、やっぱり流れる命ってたくさんいるんですけど、まぁ、流れる命っていうのはもうそれはそれでやっぱ運命というか僕が関与したんじゃなくて、まぁなんかもともとある力なのかな っていうふうにすごく思っているんですけどね。」

1989年から海外の医療現場での体験を。

田中:「日本の医療と外国の医療の違いなんていうのはあるんですか?」
南淵:「まぁ~、いい面悪い面ありますけど、日本は保険制度があって お金がなくても治療が受けられるし、まぁ心臓手術なんてこういう人工弁使ったら400万円くらいかかるんです。これが日本だと誰でも受けれちゃうんですよ。それ日本だけですね。 海外はお金がなかったらそれで『死』を意味する。 ある東南アジアの国行きますとね、人工弁の手術 したらね、入り口の売店でね、これ(人工弁)売ってるんですよ。 売店で売ってるんですよ。薬もそうだけどね、医者がこういうの要りますと、自分で買って、手術が始まる前に はい と渡すんですよ。はい分かりましたと。」
太田:「日本は特殊だと思わなきゃダメですよね。」
南淵:「海外に行くと、お金を払って治療を受ける。『命を金で買ってるんだぞ』そこでなんかあったらどうなるんだ っていうね。もう患者さんも必死ですよね。」
田中:「患者も医者も必死。」
南淵:「患者さんが医者に平気で議論をふっかけてきたり……まぁ、こんなこと言っていいのか分かんないけど、『もっとまけろ』とか『分割にしてくれ』とかそういう……日本の患者さんなんていうのは 手術の前にこう しゅ-…ん となってしまう。」



●医者との正しいつきあい方とは。

田中:「よく病院選び、医者選びっていうね、言い方ありますけど 本なんかも出てますけど、こういう病院がいいとか、こういう医者は信頼できるとか、というのは先生が言える範囲であります?」
南淵:「やっぱ医者と話すことだし、医者と話せる病院ですよね。忙しいとか話せないとか 先生が出てるからとか。そういうのってなんか嘘なんじゃないかって思う。名医って やっぱねぇ医者って人間好きなんです。好奇心ある。話せない医者って偽者なんじゃないかって思ったりしますね。病院複数アクセスすると思うんです。そのときに医者と話してもらえるか。 医者のほうもね私ってこんな人間なんですよ ってまぁぶつかっていくのかなっていうのがありますね。」
太田:「いい医者選びみたいなこと言うけど、それも出会いじゃないですか。医者と患者ってカタチの出会いじゃないですか。そうすると例えばその ほかの患者には悪い医者かもしれないけど、自分に対してはいい医者にすることは、こっち(患者)のコミュニケーション能力も試されるよね。」
南淵:「それはありますね。完全に相性と言ってしまえばそれまでなんですけど、そうじゃないと思うんですよ。患者さんもお医者さんの人間性を見極めたり興味持ったり、医者のほうがね基本的に患者の人間性には興味ありますよねそりゃ。ま、そりゃイヤな医者もいますけどね。」

田中:「医者のイメージ っていったら太田さんなにかありますか?」
太田:「昔はさ、先生って言ったからさ、先生の言う通りしてりゃいいんだ みたいな。ウチのお袋なんかは古い人だからなんかそういう世代によってあるけど、おれは普通にこう素朴な疑問をぶつけるとちゃんと普通に答えてくれるっていう そういう 昔から考えるとずいぶんイメージが変わったなと思いますけどね。」

太田:「昔はだからお医者さんってね、ちょっと上の人だと。そうも…まぁそれが正しいんだけど、患者と医者が五分五分の立場で『おまえだって商売でやってんだろう』っていう『責任とれよ』っていう患者の側もそう言っていいわけだし。」
南淵:「病院って、今まで劇場空間だったわけですよね。要するに 医者という役割を演じ 患者という役割を演じなきゃいけない っていうところで、なんかセリフに無い言葉を言っちゃいけないっていうところがあった。っていうことですよね。」
太田:「そうそう。そうすると逆に今度、患者も逆に患者を演じるから、自分より弱くなったり。すごい一言一言重く受け取っちゃったりっていう。なんかこう、もっとフラットにっていうのが、ま、それがイメージとして成立してた部分が ちょっとだんだんその ね、なんていうのかな、成立しないからやりにくくはなっていくだろうけど。おそらく。」
南淵:「ま、情報じゃないですかね。ちゃんと情報集めてリテラシー高めていけば。 ブラック・ジャックの患者さんって全然説明いらないんですよね。医者が ああですよ、こうですよ リスク説明しないんです。始めから分かってて、すごい難病だからブラック・ジャック探してお金を積んで手術して。あんた死ぬかもしれないとか あんた病気ですよとか、」
太田:「言う必要ない。」
南淵:「ね。手術に迷ってるとか、」
太田:「高飛車だもんね ブラック・ジャック。」
南淵:「手術受けたほうがいいですよ とか言う必要ない。患者さんがそういう意味での理解力…」
太田:「アイツに頼むときはもう よっぽどのときですからね。」
南淵:「すごい高いじゃないですか。説明いらないじゃないですか。なんか合併症起こっても『そんな話聞いてない』とか、」
太田:「ならないよね。(笑)」

南淵:「やっぱ最初、いっぱい知ってる患者さんってやりにくいっていう人結構いるんだけど、僕は全然そう思わなくて、いろんなことを知ってる人のほうが、『あ なんかこの人 まず 病気のことすごく真剣に考えているな』って。考えようとしないこともそれも人間の性(さが)なんですけど。『そんなの知らなくていい 医者に任せます』って そういう人より、ちゃんと自分を正面から見ている人の方が絶対治療しやすいんですよね。」

[医療を受けるということは
  命がかかった商取引をすること
    遠慮なんかしている場合ではないんです。] ---南淵明宏


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患者さん を演じる、っていうコトに関しては、どこかにも書いてあったような気がしますが…。ほぼ日だったかな。(違ってたらスマソ)

太田さんが、『自分より弱くなっちゃったり』と言われてましたけど、逆に言うと、弱さを曝け出せるという場が与えられてることは、それこそ素朴に自分の悪いところを医者に見せたい という精神的な背景もあるのではないでしょうか。

いつもカリカリと、仕事での自分。家族の前での自分。と、突っ張った印象を作ってばかりで人格を複数用意することが疲れてしまうこともあるだろうから、そこで“患者”の演者になって、過剰なくらい弱い自分を出せることで、精神的なバランスが取れているのではないでしょうか。
これは外科・内科に限らず、精神疾患の場合にでも同じことが言えると思うので。
(医者の前でもニコニコしながら重症な状態をあっけらかんと喋ってしまうような、作りあげた強がりな人格をいつまでも演じてしまいかねない状況もあると思うので。)

しかし、『話せる医者』というのはまぁ確かに有り難いけど、どうしてもイーブンな関係とは思えないよね。どこか。いくらお金払ってるから。とはいえ。なんかね。


延命治療についてや、外国での医療と日本の違いについては興味深かったです。

[海外はお金がなかったらそれで『死』を意味する。]
っていう言葉がありましたけど、結局そうなんですよ。

昨日付けで書いた、『死を選ぶ権利。』についてのエントリにも通じるコトですけど、人の命は無条件に平等じゃないし、憲法でいう最低限の保障なんていうのも限界のある話 っていう…。いや、これも冷酷な話なんだけど、それは日本が保険制度が拡充されていて、それが今の世代は…今生きてる人たち(というか今の日本人)はみな殆ど、それが当たり前だという価値観のもとにあるので、金銭的な不遇による、『死』が日常に紛れていても、それが“悲しい出来事で 保障されるべきだったのに、なんて国だ・なんて政府だ。” …と思うけど、それが仕方のないこと で済まされてしまうことも当然という価値観があるワケで。

カイジに
『金は命より重い・・・・! 』
…なんてセリフもありましたけどね。

いや、だけど、それでもね、命の平等や、金銭的不遇による死 というものに悲哀を抱くなら、
『経済活動を伴わない人間なんてクソだ。』みたいな発言するヤツもいるワケで、そことの折り合い(←?)をどう付けるのか って話なわけですよ。
働けなくて餓死するようなこともあるし、働いていたけれど重篤な病気を持ってしまうこともあるし、で、そこで命を延ばすことによる精神的・体力的・経済的負担。

ほんとうに人の命がなによりも重いものならば(この言い方もおかしな話だけどね。)、すべてのケース、ファクターを考えて、個性的なものだとか例外だとかつくらず、一つ一つを重要視すべきなのでしょうけどね。

…人の命が重いものならば…が、言い回しが自分で書いてて引っかかったのも、『生命38億年繋いで…』ってそれ人間だけじゃないし。っていう。
色んな生態系が、生まれては絶滅したりを繰り返して、今の世界に・宇宙に色んな生物が命を受けているワケでしょう。
それは遺伝子的な変質などもあるのかもしれないし、要因は様々かと思われますが。

[海外はお金がなかったらそれで『死』を意味する。]じゃないけど、すべての生物が弱肉強食で、その自然の摂理の中で広い意味での“生命”が38億年繋がってきたのだとすれば、[お金が無い]という“弱さ”すらも、絶滅…つか、絶命する要因として当然の摂理。かと。
けど、これを断言してしまとあまりに非人道的とも言えるもので。

暴力的な犯罪にも言えることで、生きてる人間が全て強くて、強い人間が生きられるのなら、弱いと仕方ないとか。その強さも 力とか心とか倫理とか都合とか利権とかの因果関係上にあると思うので、人間の裁量では判別がつかなかったり。

過去の爆問学問で、戦時下の医療に携わってた方の回で、
『たとえ運ばれてきた患者がテロの加害者でも助けます』とか、
『助けた患者が、テロを起こすこともある。けど私は運ばれてきた患者に最善を尽くす』とかあったと思うんですけど。
(爆問学問HPにありました。
太田:「この間、ビンラディンが殺されたじゃないですか。例えばビンラディンが重傷で担ぎ込まれてきたら、やっぱり治療するの?」
黒﨑:「します。」
FILE151:「戦渦の外科医ノブコ」[リンクは爆問学問HPへ]))
とかね。

どういう人間が生きていくのに、生き残っていくのに相応しいかは計れない。
そして、強者しか生きられないのなら、弱い人・弱くなってしまった人が自ら命を絶つのも、当人の権利じゃないのかと。
医者は、立場上、全ての目の前の患者を救うことだけが一心であると思いますが。

個人レベルで、家族レベルで、自治体レベルで、国レベルで、人の命というものを、ど う い う も の と し て 向 き 合 い た い か 。これを問うべきではないでしょうか。
都合なのか、経済・国益なのか。
人の命と同じように、共同体も終わりをいつかは迎えるワケですし。
一体、何に縛られ、何を守って生きていくのか、個々がそれをしっかりと考えていくべきなのでしょうね。


余談ではありますが、HPの対談後感想に田中氏が、

“俺とはネコ好きどうし。「ネコの鼻が宇宙の始まりだ」っていう「マルチバース」説までいくとよく分からなかったけど(笑)。”
っていうのがあったんですけど、『マルチバース』ってなんぞ…? おもしろそう…。
多元宇宙? それ前回の宇宙の話に繋がるのかしら。
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[2012/02/23 00:07] | 爆笑問題のニッポンの教養
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