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双子の女の子…同じ遺伝子なら、同じ人生?

双子の女の子「はじめ」と「ニノ」。おとなしいはじめに対して、積極的なニノ。見た目はまったく区別がつかない二人だけど、その性格は二通り。でも、二人ともたった一人の男の子に恋をした…その相手は、隣に住む男の子。成長するにつれて、それぞれの生きざまの違いが明らかになる二人。年頃になり、一人は、セックスを、した。一人は、セックスを、しなかった。セックスは人生に何を与えてくれるのか。あるいは、何も与えてくれないのか。セックスをめぐる人間模様を描きだした好評連載――双子の人生を追った連作シリーズ「双児編」を一冊にすべてまとめた完結第4集!
(amazon内容紹介より)



『セックスなんか興味ない 4集』を読みました。

双子の女の子を年を重ねて追い描かれ続ける連作。


いきなり余談ですが、私ゃ学生時代に、クラスメイトや近所の人など、2組の双子を見てきたことがあります。(別段、友人とかってワケじゃないですよ。たぶん あっちも知らないだろうし。(^^;  )
2組とも女の子で。 その双子はどっちも仲良かったのを覚えています。

芸能人だと、三倉 茉奈/佳奈 …さんがいますけどね。
どっちもそっくりで素人目には見分けが付かず、『踊る さんま御殿』に出たときにはそのシンクロ率400%っぷりが面白おかしく放送されたり。
けど、少し経ったあとの同番組では、どのテレビ収録現場に行ってもシンクロっぷりを求められることに疑問を抱いていたりとか。
で、最近では2人は別々の髪型をしたり、別々での活動をしたりしてるようで。
ちょっと前にはテレ朝のドラマに片方が出てたり、最近だとナンチャンの舞台に出演してたり。(それがどっちだかは知らないんですけど…。(苦笑))
セットじゃないと発揮できない個性?

どっちかでも発揮できる個性?能力?魅力?


同じ外見の人なのに、その人でなければならない理由は何か。



はい。
ここから感想。(といってもだいぶ私見が入りますが。)

恋愛にでも仕事にでもなんでもいいんですけど、その人を求める理由。その人でなければならない理由っていうのは、一体どこにあるんだろう っていうのはありまして。
代わりがいるのなら、それでいいじゃないか。と。元来 思ってきてたことですが。


本編中、子どもの頃の描写で、土方が好きだったのは“はじめ”だけど、見た目そっくりで仕草を騙したりして、土方とキスをしたのは“ニノ”。
はじめやニノにしてみたら、好きな土方と付き合いたいっていうのはあったと思うけど、土方ははじめが好きなので、ニノにはじめを演じてもらったり、土方はニノではじめを代用することもできた。と思う。
各々の都合がつかないときに、ニノとデートしたり、はじめとデートしたり、それこそ『うそパラ』のように“共有”することもできたハズで。但し、交代交代で、土方には常に“はじめ”と付き合ってるように見せないといけないと思うけど。
でも そんなのでは済まされない。お互いはそれぞれ相手(土方)にとっての特別でありたかった。と。

29話で、
はじめは(ニノも?)お互いが好きな人にとっての『特別な人』になりたかったのに、自分が選ばれない可能性があることについての不安。(28話で土方がニノを 選 ん で し ま っ た ように)お互いの代用品になってしまうことへの不安が、
……ある一方、30話では、ニノが、
「…私を 誰 か と比べたりしないで、『その他大勢』にしてくれる人だったから…」(P.78)
と言うクセに、行為をした相手に自分を殴らせて、“自分”を記憶に留めさせようとしたり。

この部分は後の話につながってくるところでもあると思うけど、不特定の誰かであろうとも“自分”を記憶の中に留めておいてもらうことで、“自分”がこの世界にいたことを証明する何かが欲しかった。っていうような。
自分にとっての特別な人では無いけれど、誰かにとっての特別ではありたかった。


31話・32話は主婦になったニノ。キャリアを重ね未婚(というか処女のまま)のはじめ。全く別の女性(あや子)と結婚した土方が。
あや子にしてみたら、はじめもニノも同一人物的な見かたで、キャリアも家庭も手にしてるのが羨ましいのだろうけど、2人が好きだった土方を、自分のダンナに持つ というあや子には優越感も無いのね。別にあや子がほんとうに好きで土方と結婚したワケでも無さそうで。

貴女(ニノやはじめ)が昔から好きだった人と私は結婚したのよ。『ドヤァ』ってゆーのでも無く。つか、別にダンナ(土方)の気持ちが私(あや子)に向いてなくても、私の気持ちが強ければただダンナを怨むだけだろうに、そこでニノとか(ニノのダンナ)に矛先を向けるのは、自発的に・能動的に人生の選択をしてきたというコト自体への嫉妬や憧れが あや子には表われてるんだろうな。と。
自分が、“代わり”で選ばれたことに対する自覚がある所為で(自覚を持ってしまった所為で)、自分がダンナ(土方)で無ければならない理由をあや子自身が見失ってしまう。
あや子の中に土方が存在することが、あや子自身のアイデンティティを構成する一つですら無いから排他的な言動に至ってしまってるんだろうか。

つか、32話における ニノのダンナは良い性格してるわ。(良い意味で。)
自我が関係性によって満たされるものであるからこそ、過去のニノと土方のキスによって愛情に疑問を持ってしまったはじめだけど、それゆえに疑問を置いたままにしておくはじめは潔いというか肝が据わってるというか。
(それをスパッと言うニノのダンナが一番すごいんだけど。冷静だけど淡白さは無いよね。)


33話・34話は中学生になったニノの娘が軸。
ここでは主に、その娘である“透”の恋愛に、はじめ、ニノ、土方が思いを重ねるもの。
これは以降の話を繋ぐ部分で。


35話からは年老いたニノ・はじめが、ニノの孫(透の娘)である“りつ”から、セックスは何かと訊かれるところから。
そしてこの“セックスなんか興味ない”という読み切りシリーズ最初の問いに帰結するところへ。

はじめが答えたのは『種の保存』としての行為で。(じゃあ それが出来なければ 存在する意味が無いのか。と。消えてなくなってしまうのか、と、りつからツッコまれているけど。…当然の疑問だよねぇ。)

ニノが答えたのは記憶に留めておくことと、人による繋がりの深さを求めたいときに…。というもの。


私見ですが。
そこから、また 新たな繋がりを持つ存在を生み、それが連鎖し続けていくことの一つが セックスであるのではないでしょうか。
繋がりを確認する 手法の一つ。
(で、手法の一つであるセックス自体が目的になってしまって、四十八手的に言葉通り“手法”を駆使することに苦悩したり、セックスのためにあれこれと方便を使って無理に深めようとしたり、記憶を抱えようとしたりね。(笑) 本編30話にあったけど 回数を重ねれば忘れていくものでもあるというのにね。
記憶に留めるような言動を繰り返すことで、それ自体が『その他』になってただの快楽行為、欲望の使い捨てを繰り返したりね。)



人は相対評価で幸せを確認する。しかし、“私”という個人に対しては絶対評価を求める。私だけを愛して。それこそが私の幸せ。と。

競争すること、比べ合うことが人の業みたいなものだけど、双子である というあまりにも露骨な現実に向き合わざるを得ないからこそ、ないものねだりが続く。

セックスという行為が特別な行為であり、また人によって特別ではないからこそ、行為自体に価値や解釈が生まれてしまって 時として軋轢が生じたり。

相手を意識しないで自分らしく在れるコトが ほんとうに自分らしい選択かは分からないけど。その選択が・行為が最善の選択であるために。





(なんか長くなってしまった…。長文スマソ。もっと簡潔に書きたかったな。)

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(2012/06/29)
きづき あきら、サトウ ナンキ 他

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FC2blog テーマ:漫画の感想 - ジャンル:アニメ・コミック

[2012/07/06 00:14] | 漫画・アニメ
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