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(放送:2012年11月21日/再放送:2012年11月27日)

探検バクモンスペシャル、「いじめ×爆笑問題」を見ました。
久々に爆問学問らしい そんな討論が見れるんじゃないかと思ってちゃんと見ました。

爆笑問題の2人と小島慶子さんがフリースクール・東京シューレを訪れた様子と、著名人を交えた議論をする場との2点で構成。

以下、内容をざーっとテキスト化。




1985年 フリースクール東京シューレ 創立。117名在籍。
服は制服がなく 自由な感じ。 教師を先生と呼ばない。○○さん とかアダ名で。
校長である奥地先生の部屋は『奥地ルーム』、職員室は『スタッフルーム』。
休憩時間中は生徒のたまり場にもなってて、教師と生徒が同じテーブルで食事してたり。

修学旅行などイベントは生徒主体になって決める。


生徒による、いじめを受けた経験の話―――――――――。


男子トイレに入っていく。小便器と個室が背を向けた配置になっている。
トイレで大ができないなどのために。個室も多くとってあったり、個室を閉めるトビラの上部はフツー隙間があるものの埋まっている。上から水かけられたり、モップ入れられたりの無いように。また防音効果もあるそうな。
トイレ自体にはドアを設けておらず、通りかかっても内部を気にするコトが出来るようになっている。

音楽準備室ではバンド演奏やってる生徒もいたり。『二息歩行』を鳴らしてた。(笑)



◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

著名人を交えて いじめについての議論の様子。

はるかぜちゃん:「共通の敵をつくって、間違った友達をつくってる。」

志茂田景樹:「今は陰湿。閉塞感がある。」


《ナレーション》
①いじめは日本だけのことではない。
1969年 スウェーデンの学校医 ハイネマンによる“いじめの発覚”。
当時の研究社は身体能力の高い子がいじめっこの典型だと考えた。
―――――――しかし、

②いじめっこは、いじめられっこにもなる。
9割の子どもが、仲間はずれ、無視、陰口の経験があった。
ところが同じようないじめをした子も9割いた。

③“いじめ”は仲の良い子の間で起きる。
8割の子どもが「よく遊ぶ友達」、「ときどき話す友達」にいじめられている。
      (森田洋司『いじめとは何か』中公新書より)


アメリカは“罰”でいじめをなくそうとしている。
休み時間にいじめが起こるのを防ぐため 休み時間は3分。仲間はずれをつくらないように食堂の席は決められている。
いじめを行った生徒は“ランチ謹慎”として別室にて先生の監視下のもとでの食事。

韓国。
いじめを報告すべく『暴力報告ポスト』が設置されている。
先生に報告するとプラス5点。 集会で表彰もされる。
いじめをした生徒は内容次第で減点。
警察も導入した“いじめ申告センター”もある。


◎いじめは何故 生まれるのか。

尾木ママ:「一つはストレスの発散。動物虐待と同じ。いじめをしながら癒されている 楽しさの歪み。」

サヘル・ローズ:「(自身がイラン人のために)麻薬とか不法滞在とかあると『お前もか』と言われたり。 階段から投げ飛ばされたり それも担任が見ている目の前でされているのに 見て見ぬフリするんです。」

はるかぜちゃん:「担任が事なかれ主義だと本当にツラくて。大体 人ってみんな 面倒なことを背負いたくないので逃げるんですよ。結構誰の中にもある感情で 全員が責任を背負いたくないから―――――――。」
はるかぜちゃん、資料としてオススメの本を紹介。
わたしのせいじゃない―せきにんについて (あなたへ)わたしのせいじゃない―せきにんについて (あなたへ)
(1996/01)
レイフ クリスチャンソン

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田中:「どうしてその本と出合ったの?」
はるかぜちゃん:「この本はAmazonで。」
一同:(笑)


NHKネットクラブによるアンケートの一部が紹介される。
『子どもに目を向けている時間がない』
『報告すると点数が下がるからじゃないですか?』など。。。


太田:「社会が悪い、ストレスが原因だってことにしちゃえば簡単なんだけど、もうちょっと…何か 昔といじめが変わったって言うけど 本当かな って。昔のいじめは牧歌的で許せた?」
志茂田:「今は(クラスに)帝王がいなくなっちゃった。今なんか平均化しちゃってるし。」

尾木ママ:「小さなグループの中で起きてて 仲間内の遊びだと思ってて先生たちも判断できなかったり。」
志茂田:「いじめは人間の本能に根ざしているところがある。簡単に言えば異端排除・異端狩り。中世ヨーロッパの魔女狩り的なところがあるんです。」


太田、田中のカタ玉についてからかう。
それについてプッと笑ってしまった氏家くん(一般の子)が、このあと田中に話題振られたとに、「ぼくだけ笑っちゃって…」と気にしてしまう。
サヘル・ローズ:「こういうことが誤解を生むんですよ!」
田中:「そんなつもりはなかったんだけど…。それも人によって違うからね。」

氏家くん:「(今の誤解の流れを汲みつつ、自身の経験について)笑いに変えようと おふざけキャラでやってたんですよ。掃除用具入れの中に入れられても『出してよーw』って言って。けど…(それが冗談でなくなった)」


《ナレーション》
内気でぽっちゃりだった寺西一雄少年(ROLLY)はナスのヘタ、りんごの芯、たまねぎの皮 と、要らないものを言われ続けた。ある日、掃除当番のじゃんけんを一雄が負けるまで何度も繰り返された。
帰り道も苦痛だった。いつもみんなの荷物を持たされた。顔にイヌのフンを押し付けられたり、メガネの中に毛虫を入れられたり。さんざんな毎日だった。
しかし一雄はこうしたいじめを誰の力を借りることもなく乗り越えたのだという。

ROLLY:「非常に精神的苦痛を感じてまして、それで考えた結果 何故か突然ですね、自分を客観的に捉える第三の目みたいなものが・俯瞰で見てる目が心の中に表われまして。    耐えている自分自身を見ていて、いつか何十年後かにこれを発表する時がくるんじゃないかと なんの確証もなく思ってみてたんです。 が、
    今日ここで…!」
尾木ママ:「すごいですね。小学校3年で自分を俯瞰して捉えるって。これ大体4年の後半ですもんね発達の段階で。」
田中:「1年だけ…。(苦笑)」

サヘル・ローズ:「いじめた方とはそのあと会われたんですか?」
ROLLY:「はい。…………国家公務員になってました。(苦笑)」
(笑)


彦田さん(一般の子(? 女性))からROLLYさんへ、その耐えているときからどうやって突破口を開いたのかについてで、ROLLY:「それは自分で発見するしかない」と。志茂田:「受け皿のない人もいる~…」とか。
自殺しちゃう子はそれしかないから自殺を選んでしまう。


太田:「自殺は 復讐心が   思い知らせてやる っていう。」
はるかぜちゃん:「自分が死んだらいじめが発覚して、それでいじめたコたちは――――――――…」
太田:「後悔するだろう・キズつくだろう …ってね。そういう気持ちもあるとするならばですよ、いわゆる自殺もいじめじゃないですか。」

ROLLY:「自殺をして復讐した っていう。」
太田:「そう。いじめっこたちと同じ手段で おそらくその中の最大の武器を使った復讐じゃないかと。 でも 自殺しちゃったコはみんな責められないから、それはなかなか言いにくいけど。    でも、彼らに言ってあげるべきなの。これから自殺っていう手段を選ぶかもしれないとするならば、それはお前をいじめてるヤツらが キミが思ってるすごい卑怯ないじめっこたちと同じところに行っちゃうよ  っていう。それでいいのか って思うんだよね。」

尾木ママ:「自殺したときはね、いじめてる加害者がまた自殺するんじゃないか ってこと、結構 学校現場では気にされて。僕も30年くらい いじめ研究やってきましたけども、いじめの加害者が被害者が亡くなったからといって、後追い…責任感じて後追い自殺した例はないですよ。これはゼロです。海外のケースを見ても無いんです。これは何故かっていうと、いじめの加害者は遊びだったと思ってるわけ。ほんとに。」

太田:「自殺っていうものを『そうじゃないんだよ』って言いたいんですよ。オマエのやり方は違うんだよ。と。」
彦田さん:「別に困らせたくてしてるんじゃなくて、自殺しかないからそれを選んでるワケで。じゃあ 死なない方法 教えてよ。」

太田:「つまり、死よりも生。生きることの方が楽しいんだって思えてれば 死なないわけでしょ。死よりも生がいいんだって確信がなくなったときに死を選ぶわけだから そうすると死よりも生が面白い・生きてるほうがいいと どう思わせるかですよね。 それはおそらく学校にある。生きていくヒントがこの中にあって、これをヒントにして見つけてけ っていうもので、実は学校にはその答えがあるんじゃないですか。」



《ナレーション》
◎学校が変わればいじめはなくなる?

寺子屋から始まったものが、
学校は制度化され、全ての子ども達は学校に通うべしとされたのだ。
明治時代の小学校の通信欄。
学校からは「学校に早く出せ」 ところが、
家庭からは「学校より早く帰せ」。
当時 子どもは貴重な労働力でもあったのだ。
各自 学校に反発し、学校を焼き討ちする親まで現れた。 学校は今のような存在ではなかったのだ。

その後。次第に学校の存在は定着。決められた時間に決められた内容を学ぶことが当たり前になった。
学校はそこで目指すべき人間像を教え始めたのだ。 二宮金次郎はそのシンボル。

戦争が始まると 国のためにあるのが理想とされた。子ども達は身を削り・汗を流した。
しかし日本は敗戦。しばらくすると学歴社会の波が子どもたちをさらった。

よい点数をとり よい学校に進学することを求められるようになったのだ。
激しい競争が子ども達の中に求められたこの時代。落ちこぼれ・非行・校内暴力が騒がれるようになった。
そしてこの頃 校内でいじめが発見。
学級崩壊・ゆとり・学力低下と紆余曲折があった。
……誕生から140年。学校はなんだろうか――――――――――…。


尾木ママ:「学校っていうのは今の状態で言えばやっぱりねぇ、人材育成の機関になっちゃってますよね。それは戦争中は軍隊のための軍人さんだし 戦後・経済界、いい働き手に。 すると、そっから外れるコはあれ? っていうので順位がついたり、いじめの対象になったりとか。
     学校っていうのは画一の非常に効率のいい人材を育成する機関。あるジャーナリストは教育工場と呼んだ人もいますよね。そんなイメージになっちゃってるのが、今の学校かな っていうふうに思います。」

太田:「だとすると、制度自体を 私塾とか寺子屋・藩校みたいな時代のあり方に―――…?」
尾木ママ:「戻すんじゃなくて、学校の多様化っていうの それを認めていけばもっと楽ができるのに、ここに来なければダメよ って言っちゃうからキツくなるんだと思う。」
滝 充(国立教育政策研究所):「教育の機会の平等。そういうのはいい。“総合的な学習の時間”が取られるようになったけど、真っ先に学校の先生から“どうやって教えたらいいか 教えてください”って出てきた。」



再び東京シューレ。
“でこぼこルーム”という教室の壁を取っ払った部屋。授業に出るのが辛くなったときは強制しない。
ペースや個性や状況を尊重している。

校内を道中、階段のとこに壁に絵や星座などが描かれてある。

“個人学習室”個人の時間割“マイコース”を自分でつくることができる。将棋をやってたり、絵を描いてたり。
パテーションで仕切られた学習机で塾の宿題をやってるコもいたり。

奥地:「出たくないものを強制にやらせるよりも、個性や興味を伸ばすほうが自信になったり楽しいと思えたりする。」
“ホームスクールホーム”へ。
小島さんから緩いことについて親御さんから何か言われたりしませんか?というコトについて、
奥地:「8割・9割の子は高校に進学します。根をしっかり張っていれば大風が来てもやっていける。一般的な学校が合う子ばかりじゃない。」



再び議論の場。

太田:「俺は笑いはいじめそのものだと思っているわけですよ。下手すれば俺のやっていることは人を殺すなと思うのね。だから、お笑い、テレビ番組はいじめとは違いますっていう論理は、うちの学校にいじめはありませんって言っているやつと同じことだと思うね。人を馬鹿にして笑ったことがない人っていますかっていう。
    人がずっこけるのはおかしいんですよ。それと同時にやっぱりそこに共感があるんですよ。サディスティックな快感も、もちろんあるんだけれども、「ああ、分かる、この気持ち」っていう。共感もして笑ってるはずなんだよね。人が死ぬ原因になるものと、人が生きる糧になるものは、本当に同じ場所にあって、例えば幸福と不幸とかさ、憎しみと愛情とかってさ、本当に同じものじゃないですか。」
刃物をね、下手に子どもが振り回したら、人を傷つけるのと同じだから。
田中:「だからといって刃物を世の中からなくしていいのか?・・・ということと同じなんだね。」
太田:「そういう風に俺は思うけどね。」









という内容で。

“学校”での、”いじめ”ってコトと、それに伴う“自殺”っていうコトだけど、それぞれが絡み合っていながらも独立した問題も抱えてるから難しいな とも思うワケで。

まぁ、そもそも前提として、「いじめは起きるものだ」っていう。最後の太田さんの発言じゃないですけど。
人との違いや、人がしたちょっとしたおかしさを笑うワケですから。
カタ玉についてもそれは田中との信頼があるからで、っていうか殆どのお笑いは信頼をもとに貶めあってるようなものですから。ただ、それを公に『信頼し、尊敬しあってます!』とか言ってしまうと面白くないワケで。
けどそれを見る一般視聴者は、ほんとうにバカにし合ってるように解釈して、それを学校とか日常の場でも真似するもので。

氏家くんがキャラとしてふざけてみた って言ってたけど、そのいじめになる関係性で、『仲の良い子との間で起こる』って番組中であったけど、それ別に仲良くないからね。
それは子ども同士の友達関係の作り方が曖昧というかハードルが低いというか、緩いゆえにそう思うのかもしれないけど。
友達ならバカにしてもいいって思えるまでの間柄になるまでに、どれほどの密度のある信頼関係を築いてきたかなんて知り得ないですからね。
(前にブラックマヨネーズのWikipediaを見たときに、吉田氏が小杉氏のハゲいじりについて積極的ではなかったコトなどが書かれてあったからね。)


自殺がいじめっこのしてるコトと同義である という太田さんの見解については反対。
それは太田さんが毒舌(というかKYというかタブーに触れるような発言を多くしてる)だから、それによって深いキズを与えることからの逆のダメージが来ることへの恐れからじゃないか? って思うんですよね。

ま、私自身もそういう気持ちありますけどね、その復讐心での自殺 っていうのは。
前、『死ねばいいのに』ってエントリで書いたことにも絡みますけど。相手を殺すなら自分も死ぬ気で。
自殺するならド派手に、後悔と苦痛が相手の生涯を苦しませ続けるように。と。
だってそれくらいの「生きる希望が無いくらい追い込んでくれた」わけですからね。(ニッコリ

っていうか、自殺については別で取り上げてほしいくらいですけどね。
職場での自殺や、焼身自殺とかそういうものが込められた意味が、その意味をこめたがる大人とかね。


いじめとか自殺については学校・子どもでの事情に留まらず、大人の社会でのコトも重要なんですけどね。当たり前ですけど。
大人の社会のマネを、子どもはただしてるだけですから。

学校の変遷に伴う、学校が子どもへ求めるコトや教育についても、戦前・戦争中・戦後でも異なることが自明なんですから、大人の事情に子どもを付き合わせてるだけ。


自殺について 加害者側が後追いについての話で尾木ママがキッパリと『無いです!』とお話しされてたのはこの番組がとても資料として有効になりますね。あぁやっぱりかと。
ローリーさんがいじめっこが国家公務員になってた って話にしても、別に加害者側の方は自然発生的な競争の原理・弱肉強食の中にあって、そこで蹴落としてきたものなど気にもするハズがない っていうのが見事に証明されてますね。
人材育成の機関・教育工場という中で作られてきた人たちの中で“不良品”となった人たちを周りが排除して差し上げてるという。これは大人がつくった社会。

尾木ママと奥地先生が言ってたことは共通してて、多様性とか個性を認め・伸ばしていくことが重要なんでしょうね。それは仮に社会が良い働き手だと認めなかったとしても・社会にとっての優位性や価値の重きがなかったとしても。


はるかぜちゃんが紹介されてた『わたしのせいじゃない』っていう責任については耳の痛い話ではあるんだけどこれも極論になっちゃうと、責任を感じる人はなんでも重く感じるだろうし、感じない人は全く感じないから一概に言えないというか、他者が糾弾していい問題でもないんですよねぇ。



全体として問題提起しかできないんですよね、こういうのって。
対策として個人の問題ではあるんですけど社会として広義の認識を改めるためには価値観や大人の慣習を刷新する必要もあるしで、人間の質の部分での大きな改善を求めるしかないんですよ。
格差や就職難など、今度の選挙で問題になりそうなもの全部が課題なんですよ。けど強者の論理ばかりで何も変わらないのが関の山で。

まぁ、尾木ママの見解や、はるかぜちゃんの意見。東京シューレでの実践の内容が 多少の助けになるのではないかな とは思いました。
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[2012/12/03 00:22] | 爆笑問題のニッポンの教養
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